2026-11-03

祖父母の話、聞くなら“今日”——何から書けばいいか分からない人へ

「またその話?」

子どもの頃、祖父の同じ昔話に、そう言って席を立ったことがあります。

戦争のこと、若い頃に働いていた工場のこと、亡くなった友人のこと。何度も聞いた話なのに、今は一言も思い出せません。

結論から言うと、祖父母の話は、身構えて「聞き取り」をしなくても残せます。事実をひとつ書き留めることから始めれば大丈夫です。

画像①(準備中)

祖父母の話、いつか聞こう、で止まっていませんか

「今度帰省したときに」「落ち着いたら」——そう思っているうちに、話す機会そのものが減っていきます。

祖父母の記憶が薄れるのではありません。

聞く側が、聞かなくなるのです。

電話の頻度、帰省の日数、食卓での会話時間。年々どれも短くなっていくのは、多くの家庭に共通することだと思います。

何から書けばいいか分からない、という人へ

「エピソードを聞き出さなければ」と思うと、手が止まります。

そんなときは、エピソードでなくていいのです。

  • 朝は必ず味噌汁を先に飲む人だった
  • 「もったいない」が口ぐせだった
  • 電話を切るとき、いつも先に切らせてくれた

この程度のことで十分です。

物語にしようとせず、事実をひとつずつ書き留める。それだけで、あとから読んだときに「ああ、あの人だ」と思える記録になります。

画像②(準備中)

とはいえ、白紙のノートを前にすると、何を書けばいいか分からなくなる日もあると思います。

特に悲しみの中にいるときは、なおさらです。

そんなときに、聞き手として隣にいたいと考えて作ったのが、おもいで文庫です。

おもいで文庫は物語を代わりに書くのではなく、あなたが話したことをそのまま形にします。

主人公はご本人、著者はあなた。その役割は変えません。

一人で書けないと感じたときの選択肢として、その人の話を、聞かせてください。

ひとりで抱えなくていい、という話

祖父母の話は、実は自分ひとりの記憶ではないことが多いです。

母が知っている話、叔父が知っている話、従兄弟しか知らない口ぐせ。

法事の後の食卓や、お葬式の廊下で語られる話は、そのときそこにいた人にしか聞けません。

そしてその話は、その日のうちに消えていきます。

誰か一人が背負って書こうとするより、家族それぞれが覚えている断片を持ち寄る方が、結果的に多くのことが残ります。

縦書きの一冊として残す、という選択

断片のまま持っていると、いつか散らばってしまいます。

私たちは、集まった言葉を縦書きの文庫という形にすることを大切にしています。

渡せる、本棚に置ける、次の世代がふと手に取れる。そうした「その家の蔵書」になることを考えてのことです。

創作はせず、人が必ず目を通してからお届けするという約束も、変わりません。

画像③(準備中)

今日、できる小さな一歩

今日からできることは、そう大きくありません。

メモ帳でも、スマートフォンのメモアプリでも構いません。

祖父母の口ぐせや好きだった食べ物を、ひとつだけ書いてみてください。

それが難しいと感じたときは、その人の話を、聞かせてください。

聞き手として、私たちがそこにいます。

AIが創作するのではなく、聞き手として大切な人の物語を家族とともに綴り、一冊の文庫として残すサービス

その人の話を、聞かせてください

あわせて読みたい